Sakanaction 山口一郎の遭遇
2026/3/5 「山口一郎の遭遇」
サカナクションの山口一郎こと、いっくんがYouTubeチャンネルの3周年を記念し、ファンへの感謝を込めたイベント。オフ会と評し、生配信の空気感を再現したLiveである。
時差の影響で寝坊し、ログインできた時にはすでに第一部終了後の休憩中。。。第一部は見逃した💧
しかし、生き方に悩んでYoutube活動を見てきた私、そして慣れない海外生活に苦労していた私には、ただただ感慨深く、奮い立つ思いが生まれていた。こちらでは早朝の視聴で、朝からエネルギーをもらえた。
山口一郎のYoutube活動
いっくんのYoutube活動は、自身のうつ病からのリハビリの目的もある。しかし、それだけではない。苦しみを抱える人たちがこの配信を観て、楽になる人がいるのなら、誰かの痛みと苦しみを和らげられる人がいるのなら、という願いがある。
音楽は目に見えない。昔は、中島みゆきやBlue Heartsといった音楽が苦しい人たちの拠り所になっていた。今はそれがYoutubeになっている気がすると言っている。
自身だけなく、苦しい人にとっての救いの場、救いのドキュメンタリーとなっている。
遭遇
【遭遇】思いがけず出会うこと。不意に出会うこと。 角川必携国語辞典
遭遇する、というと、「人(誰々)に〜」という意味もあるが、「困難に〜」や「悲劇に〜」、「アクシデントに〜」という困難に直面するイメージがある。誰々に遭遇する、クマに遭遇する、と言うと少しネガティブな印象がある。これは、病との遭遇を表しているように思う。
一方、「幸運に〜」のようにポジティブなイメージも少なからずある。これは、病を機に始めた、Youtube活動での出会った人々との遭遇を表しているように思う。(特に、ライブに登場した切り抜き師ハマダクションとのドキュメンタリーは面白く、そのつながりがこのライブにつながっているのは本当に鳥肌もの)
思えば、このYoutube活動を視聴し始めたのは、コロナ後の私生活の悩みもあるけれど、「こんな人でも悩むんだ」と言うある種、他人との比較的な目線もあり見ていたかもしれない。
でも、今は違う。
生きていれば苦しいことはある。他人と比べていたらキリがない。後悔、不安、葛藤と戦いながら、全てを配信しているいっくんを尊敬している。音楽的にだけでなく、人間的に。
アーカイブをこれから観る。
旅とか山とか寺社仏閣。生の実感。
今年の春に下書きのまま放置していたので、つらつらと書き加えていたら、結局ずいぶん内容が変わりました。
さて、旅ってなんでしょう。
自分の場合、現状を打破したいとき、気持ちを切り替えたいときは旅に出ます。遠出できないときは山に登ったり、がっつり行動できない、したくないなって時は寺社仏閣へなど。
昔は「自分探し」って言っていましたが、四国一周とかでも何かが見つかるわけでもなく。。。
多少の思い出を持って、時間だけが経ち、元の場所に戻るだけです。
それでもなんらかの刺激、変化ってのは、日常のパフォーマンスを上げるためにもやっぱり必要だと思うのです。 刺激、変化っていうのは、「生きている」という実感につながっているような気がします。
旅先では未知の価値観や景色と出会い、山では野生動物や滑落・遭難などの危険を察知しながら歩き、寺社仏閣ではなにか自然を超越した存在を感じながら。
──それらがあれば、なんとか病まずにいられるのではないかと。
いろんな生き方がある中で、どう生きるかを考えてみると、だいたい三つほど。食っていけるかは別として。
一つは、仕事(毎日変化を起こしながら)
二つ目は、仕事も旅もしてく
三つ目は、旅しながら生きる。
最近よく聞く、「好きなことだけで生きていく」といのも良いですが、自分は、嫌なことも含めて未知と出会い、未知な自分に成長していけるということもあると考え、それはそれで面白いのではと思います。
要は──正解なんてなくて。
自分の責任で考え、選び、自分は変化を中心に考えていけばいい。他人の言い分は放っておいて。
そんなこんなで(下書きではここから先だけありました。。。)
この春、時間ができたタイミングで、久々に思い出して高幡不動尊金剛寺へ。 土方歳三ゆかりの土地で、菩提寺でもあります。

護摩修行が大体1時間半に一回は行われています。 10分前までに受付を済ませればよいとのことで申し込みました。
お願い事はたくさんありすぎて悩む、、
家内安全・商売繁昌・身体安全・厄災除・災難消除・当病平癒・手術成就・負傷平癒・心願成就・社運隆昌・事業繁栄・工事安全・作業安全・交通安全・旅行安全・安産満足・六三除・方災消除・身上安全・無病息災・合格成就・就職成就・学業成就・開運満足・新生児祈願・ 御礼等
まあ健康は必須だなと、「身体安全」。
不動明王の前で護摩木を燃やし、煩悩を焼き尽くし、様々な願いを祈る真言密教の秘法。
炎が揺れるたび、煩悩のパチパチと燃える音が聞こえるたびに、気持ち・悩みが晴れていくようです。
大きな変化じゃなくても、いいんですよね。笑
ちなみに、この時の懐中札、引越しのゴタゴタで行方不明です💧。コツコツ探していきます。
ぼくは仕事ができない
本を整理していた時に、「ぼくは勉強ができない」(山田詠美著)というタイトルが目に入ってしまい、妙に内容を思い出したくなってしまい読んでしまっていた。学生以来久々に読んだ。
いま読んでみて、改めて当時は主人公の時田秀美の良さを理解できていなかったなあとしみじみ思う。すぐに思い出せなかったのもあるし(売っていなかっただけまだ良かった)。
著者の山田さんも、「むしろ、この本を大人の方に読んでいただきたいと思う 。」と言っている。
自分を作中の人物に結びつけてしまうと、勉強はできた側の人間だろう。社会に出た今となっては、そんなことを誇っていた時期があることが恥ずかしくてしょうがない。そんなことで幸せになれるわけでもない。大切なことなんて全然理解していないダサい人間なんだ。
あらためて思う、数値化され分かりやすいものに飛びつき、金太郎飴のように送り出された、あの学校ってなんだったんだろうと。全ては自分だったんだ。自分の評価軸がなかった。
幸せだって、仕事だって、人生だって数値化のできない複雑なものなのだ。
全部空回りしているように感じる今日この頃。入社以来関わっていたそのプロジェクトで可笑しな状態になっていることが分かった。ようやく次の段階に進むという場面になってのことだ。私の意見が入っていない、というか私のいない会議で次の話が進んでいたのだ。そんなことってあるんだ、ってとても不思議でしょうがない。
まあこれも元は自分なんだろうな、というところで留めて傷口に塩を塗るようなことはしない。
今度は、ぼくは仕事ができないよ。だからなんだってんだい。大切なことは他にあるだろう?という感じで生きていこうと思う。
春の陽気で血が湧き立ってるかもしれない。
こんなことしてたから海外に行くための荷物整理が全然進まなかった。
最後に気に入った言葉を。
自分は、自分であるってことを解っている人間にしたいの。
人と同じ部分も、違う部分も素直に認めるような人になってもらいたい。
読書録「砂の女」自由と帰属
※阿部公房著『砂の女』の内容を含みます。個人的な感想です。
阿部公房の小説『砂の女』を初めて読んだのは1年以上前ですが、今でもその物語が頭の中に引っかかっています。
自由とは何だろう?この社会で生きるってどう言うことでしょう。
物語は砂穴に閉じ込められた主人公が脱出を試みるも、やがてその環境に馴染んでしまう――この過程が、暗示的に今の私の生き方に深く突き刺さりました。どうして彼が閉じ込められ、逃げられないのか。その答えはぜひ本書を読んで確かめてほしいと思います。
主人公は教師という安定した職に就き、家庭も持っています。しかし、彼は自分の生活をどこか退屈に感じ、周囲の人々を冷めた目で見ています。新種の昆虫を発見し、自分の名前を付けることだけが唯一の喜び。そんな彼が砂穴に閉じ込められると、皮肉にも忌避していた「帰属」というものを盾にするようになります。
人間がいかに帰属することから逃れられない存在であるかを痛感させます。
主人公は自由を目指して脱出を試みます。しかし、彼は自由そのものについて深く考えようとしません。自由だった頃の生活(砂穴の外での生活)を思い返しても、そこには明るい記憶がほとんどないというのです。
この点について、私の場合は明るい記憶がほとんどないというと、「それは違う」と言いたいところですが、仕事や人間関係が苦しい今、学生の頃を振り返ってみるとその時は違う苦しみ、お金がないとかそういったことばかりを思い出します。
ないものを求め続け、さらに苦しむーーそんな構図があるのです。
脱出に失敗し続ける主人公は、次第に砂穴での生活に順応していきます。それは「慣れ」とも言えるでしょう。かりそめの環境に身を置くうちに、感覚が麻痺していくのです。
そんな中、主人公は試みの中の一つに砂穴での生活に欠かせない貴重な「水」を自力で集める装置を発見します。この装置によって、村の人々に称賛されたいという欲求が芽生えます。
一方で、目の前には逃げ出すための縄梯子が残される脱出の好機が訪れるのです。主人公は最後にある決断を下し、小説は幕を閉じます。
私自身も、仕事や人間関係に悩みながら、小さな希望を頼りに生きていました。その希望が承認欲求を満たすだけのものであると気付きながらも、自由を求める勇気を持てず、現状に甘んじている部分があるのです。麻痺していたのです。主人公が示した「慣れ」の恐ろしさが、自分と重なって見えます。
自由を求めながらも、いざ縄梯子が目の前に現れると尻込みしてしまう。どうせ外の世界も虚構の世界だと思い込む。結局、全ては賽の河原の石積みだと気付くのであれば、いっそその虚構の世界に折り合いをつけ、目的を意識して生きるべきなのでしょう。悩みは尽きないからこそ、自分の軸を見つけることが大切だと感じます。
阿部公房の『砂の女』は、読者に自由と帰属、人間の本質について深く考えさせる作品です。
ここまで人生に結びつけて考えるまでもなく、流動する砂の情景描写がとてもリアルで純粋に楽しめる小説です。
カート・ヴォネガットや安部公房は時代の影響なのか不条理な世界観が上手いなあと感じたこの頃です。
読書録「未必のマクベス」
※早瀬 耕さん「未必のマクベス」のネタバレを含みます。
書店で目に留まった帯の文句。
どうしてもあなたに読んで欲しい
背表紙を見ると、異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説。とある。
犯罪も恋愛についても社会人生活に疲れ切った身には応えるなあ、と思いつつも次のような言葉たちにワクワクし、惹かれてしまった。
感想
この小説はどんなんだ、と一言で紹介おすすめするのは難しい。帯にもあった通り犯罪小説でもあり、恋愛小説でもあるが、ハードボイルドやミステリのような要素もある。さらに、香港や澳門、ホーチミン、バンコクといった都市が舞台となっており、旅行気分を味わえる一面もある。とにかく、いくつものジャンルを含んだ小説である。
特に面白さは、複数ジャンルの要素が20年にもわたって交錯しながら結末にたどり着く過程(旅)にあると思う。600ページにもおよぶ旅路であるが、テンポ良い会話や文体で一気に読める。
登場人物
特に、登場人物たちの性格は物語の節々に散りばめられていて掴みやすく、結末に向かっていく関係性の変化や行動に、あの時の伏線か!?、と気付かされ、最後には納得させられる。
例えば、中井は高校入学の伴の自己紹介は覚えているのに、ビリヤードで伴に負けなかったことは覚えていない。一方で、伴は勝てなかったことを妬み覚えている。また、同期トップで管理職に昇格した高木は、都合よくシナリオを作り上げられるような機転の効く人物。こうした対比的な性格設定のほか、同質的な面もあり、物語に深みを与えていて楽しめる。
タイトルにもある通り、物語はシェイクスピアの四大悲劇のうちの一つ「マクベス」に倣って進む。この悲劇性はどこを解釈するかで人それぞれとなるが、一般的には「性格悲劇」、つまり人物の性格によって引き起こされるものらしい*1(読んだことなかったのでもちろん知らなかった)。だとすれば、性格こそが物語の鍵を握っている。
中井は冷静なスタンスを持ちつつ、好機をうかがっている現代的な人物像で、多くの人が共感できそうではないかと思う。こんな環境下にもし入ったなら、、と没入できるのではないかな。
キューバリブレ
この小説の象徴というと「キューバリブレ」ではないだろうか。伊藤計劃の虐殺器官同様に、こういう小説に出てくるお酒ななぜか飲んでみたくなる。しかも海外で。
このキューバリブレは、「アメリカ軍がハバナに傀儡政権を作った時の言葉"Viva Cuba Libre"」に由来があるという。キューバは独立したように見えて、アメリカ(傀儡師)の強い影響下にあったと考えると、東亜印刷・Jプロトコルの傀儡師に括り付けられているJプロトコル香港の中井を思い起こす。
ダイエット・コークで作ったキューバリブレをフェイクリバティ(偽りの自由)と名づけるところもオシャレ。
(会社員なんて所詮傀儡なのだなあとしみじみする。こんな犯罪には巻き込まれてないだけ。)
まとめ
主人公は自分の居場所を離れて旅に出る。この「居場所」とは、物理的な意味だけでなく、概念的な役割も含まれている。居場所から離れることが旅であり、今いる場所が居場所となればそこで旅は終わる。
小説には、登場人物それぞれの「旅」を描いている点で共通なのかもしれない。
その点でいい物語はジャンルに囚われず、複数の要素が程よく織り込まれているものだと思う。
さて、あなたは結末が分かっている話に付き合うのはムダだと思うだろうか。
ムダと思う方にもこのフィナーレでの視覚的情景には鳥肌が立つだろう。
美と影の歴史を巡るポーランド〜バルト〜フィンランド旅行記
はじめに
持て余したGWに行った一人旅の備忘録旅行記として。
目的はアウシュビッツを訪れること。そしてそのついでにバルト三国を経由してフィンランドまで北上してきたものです。
動機
YouTubeでふとヴィクトールフランクル関連の動画がおすすめに出てきて、「夜と霧 新版」を学生時代に読んだことを思い出しました。フランクルの「人生に意味を見出す」という考え方に共感していたのを長らく忘れていたのに気付かされたので、時間のある機会に直に見てこようとこの旅を決めました。
旅の準備
- 日程:8泊10日
- 通信:Holaflyの容量無制限SIM
旅の流れ
🇵🇱 ワルシャワ空港からクラクフへ直行
お昼過ぎにワルシャワに到着したものの、翌朝にはアウシュビッツミュージアムへ行くため、最寄りの都市、クラクフへ行っておかないとならない。到着の感慨に耽る間も無く即移動開始です。
移動手段はポーランド国鉄で、InterCity (IC) という車種のコンパートメント (ハリポタのホグワーツへ行く時の座席みたいな) を予約していたんですが、隣のコンパートメントで若者が内輪で盛り上がっていて、歌ったりととてもうるさかった。。。帰りに乗るときは、Express InterCity Premium (EIP) という車種が早くて最新の車両ぽいのでそちらにしようと決意。
ICは価格68PLN(Ztズヴォティ) 、EIPは169PLNと3倍近くしました。景色は菜の花畑などが広がった丘陵が多く、牧歌的な田園風景だった気がします。日本のように開けた土地を走ることが少ない新幹線とは異なる感覚で、大陸だな、と感じました。3時間ほどの乗車時間でクラクフに到着です。
宿は旧市街内にあるCracow OldTown Guest House に宿泊。ここはアパートメント形式で安くて良かったです。ただし、チェックインは近所のHotel Elektorでする必要があるようで、メールと入口に張り紙もないため別の宿泊者に助けてもらいました💧。
アウシュビッツ=ビルケナウミュージアム
アウシュビッツはナチス・ドイツが第二次世界大戦中に設置した強制収容所の一つで多くの命が奪われた場所です。ホロコーストの象徴的な場所として、世界中から訪れる人々にとって歴史の教訓を学ぶ場となっています。
朝8:45のポーランド語ガイドツアー (公式ガイド) を予約していたため、朝6:20発のバスでクラクフ駅バスターミナルからアウシュビッツへ向かいました。ちなみに私はポーランド語は分かりません。到着後、当日券で早めの英語ガイドツアーがあることを知り悩みましたが、最終的にポーランド語ツアーに参加しました。言葉はわからなかったものの、日本語ガイドブックとガイドさんの優しさでなんとか理解できたように思います…。
アウシュビッツは広大で、美しい自然の中に佇んでいました。それでもそこに広がっていた不条理の歴史には胸が締め付けられる思いです。湿度も高くなくカラッとしていたので、気候的には気持ち良いものでしたが、その一方で過去の空気感がまだ残っているようでした。普段の生活でも無力感を感じる私にとって、この場所の意味を深く考える機会となりました。次の機会こそは中谷さんという日本語の公認ガイドツアーを予約したいと思います。レストランはなかったので、昨夜買ったパサパサのごまバケットを噛み締めながら帰路に着きました。

クラクフに戻った後はユダヤ人街「カジミエシュ地区」で映画「シンドラーのリスト」ゆかりの場所を巡りました。この映画には心を揺さぶられ、お気に入りの映画の一つです。今はカフェやバーもできているものの、歴史的な説明を示すポスターがあったりと遺産を存続していることが感じられました。

この日は広大な土地を歩き、考えさせられることも多かったので大変疲れました。観光して楽しい気分にすることも大事ですが、美しい日常の風景を見ながら物思いに耽るのもおすすめです。
ヴァヴェル城の脇を流れるヴィスワ川。
クラクフ旧市街
物思いに耽りすぎたため、実質一日でクラクフ旧市街とワルシャワを回ることに😅。
クラクフは中世からポーランドの文化の中心地として栄え、ワルシャワに首都が移るまではポーランドの首都でした。クラクフ旧市街もユネスコの世界遺産に登録されています。
旧市街の中も良かったのですが、クラクフ旧市街を囲む遊歩道がかなり気持ちよかったです。コーヒをテイクアウトしてゆっくりしてほしいです(ここでも物思いに耽る)。



帰りの列車はクラクフーワルシャワ間のPKP EIPを今度こそ予約しました。2等席の場合、ドリンク(炭酸水か真水)がもらえます。景色は行きでも思いましたが、見渡す限り平野という印象。なだらかな丘陵を塗って進んでいきます。
ワルシャワ旧市街
次はワルシャワ。

路面電車で旧市街へ向かうと、宮殿の脇にやはり大きな川が。

ワルシャワの宿はコストカットによりドミトリーChillout Hostelに宿泊。8人の相部屋で¥2,000ほど。
ドミトリー相部屋の永遠の悩みといえる、同室の宿泊者。これまでめっちゃいびきがうるさくて寝れなかったあの野郎や、そこそこお年を召した無口な方は何を考えているか怖いところがあり気が抜けなかったなど、睡眠の質にだいぶ影響するところですが、今回はどうでしょう。
今回は、コロンビアからヨーロッパ周遊している6人グループと私との出会いです。最初の軽い挨拶は、やはり「どこの国から?」という探り合いから始まります。メガネをかけたリーダー格の男性から尋ねられ、日本からだと答えると、「俺たちはコロンビアからだ」と返されました。「へぇ」と南米の辺りを思い起こしながら相槌を打っていると、別のメンバーが「ベネズエラやエクアドルって言っても違い分からないんじゃない?www」と突っ込みを入れてきたので、そこで、、もう合わないなと感じ、その後の会話はあまり覚えていません。
ちなみにこの部屋のベッドはステンレス系の細いパイプ性の二段ベッドのため、同ベッドの寝返りがダイレクトに伝わる構造。
おかげでコロンビアリーダーの寝相に苦しまされるワルシャワの最初で最後の夜。
🇱🇹 ビリニュス 〜IT先進旧市街〜
ビリニュスに到着後、市街地へ向かうためにビリニュスの地図アプリ「Trafi」をインストール。このアプリはとても便利で、各路線バスの現在地を地図上で確認できるほか、目的地までの最短バス経路を乗り換え情報とともに教えてくれます。さらに、料金確認と決済もアプリ内で完結できるという優れものです。日本でもこのようなアプリが普及すればいいのにと思いました。ビリニュスでは時間制の料金体系を採用しており、今回は1日乗車券(5ユーロ)を購入しました。普段なら無理やり徒歩で移動する私ですが、このアプリのおかげで移動が非常に楽になりました笑。
写真でビリニュスの旅を振り返ります。
美しい旧市街が残っていますが、バルト三国はドイツとソ連、両方からの占領に合っているためホロコーストやKGB関連の博物館もありました。May dayで軒並み休みでした。。。
🇱🇹 カウナス 〜東洋のシンドラー「杉原千畝」〜
ビリニュスから列車(LTG)で約1時間40分の距離にあるリトアニア第2の都市、カウナス。
ここでの目的地は杉原千畝記念館です。杉原千畝さんは、亡命ユダヤ人のために日本本国の命令に反して日本通過を許可するビザ、通称「命のビザ (Visa of Life)」を発行し、多くのユダヤ人を救った人物です。恥ずかしながら、今回の旅をするまで彼のことを知らず、記念館の前でヨーロッパからの旅行者に話しかけられた時には何も答えられませんでした…。記念館はその功績を讃えた場所となります (岸田総理大臣も訪れたようです) 。
杉原さんは、組織の命令に反し、自ら考え人命を最優先にするという決断をしました。その姿勢には現代でも学ぶべき価値があると思います。杉原さんはその後、職を追われることになりましたが、たとえ一時的な職を失っても、その功績は報われ、彼の信念や考え方はどんな状況どんな場所であっても通じる力であると感じました。
この杉原千畝記念館は駅からは徒歩15分程度ですが、ここから街に出るには少し遠かったため配車アプリBOLTが便利でした。Uberのようなものですが今回使用したのは電動スクーターで、他にも電動自転車のライドシェアも可能です。住宅街の中にある記念館あたりにもなぜか (?) あったので使いました。ちょっとした移動に便利ですし、自分で運転しながら移動するので地理感も掴みやすくなって記憶に残りやすいかと。20分使用できるパスで500円くらいでした。
🇱🇻 リガ 〜自由の匂い〜
カウナスからシャウレイ経由のバスでラトビアへ入国。満員乗車もなく、隣の席を使用できたりと快適で、バルト三国では総じてバスでも問題ないと思います。リトアニアに入ってからはポーランドよりかはもう少し、平野ながら木々が多く、林の間を走っている印象でした。林を抜けて大きな川へ出たところがラトビアの首都リガです。

バルト海の真珠と言われる良港を持つ都市であり、久しぶりに馴染みのある海を望めるかと思っていたものの、河口から10km以上遡った位置にあるとのことでバルト海を望む、とまではいきませんでした。けれども、ラトビアの玄関だけあって川幅はとても広かったです
ちょうど5月4日が独立回復記念日とのことで式典も催されていました。ラトビアは1918年に独立を果たしましたが、第二次世界大戦中にはソビエト連邦とナチス・ドイツの占領を受け、その後再びソビエト連邦の一部となりました。1991年に再び独立を達成し、現在はバルト三国の一つとして繁栄しています。訪問して得た印象よりも最近なんだなと感じました。
🇪🇪 タリン 〜魔女の宅急便みたいな街〜
リガからタリンへは、バスで走行距離300km、4時間ほどに及ぶ陸路旅。バスにはトイレもついていますし、乗客も少ないので、バルト三国はバスでも問題なく快適に移動できると思います。
最後の国、エストニアです。これまで、バスなどの公共交通機関とライドシェアリング含めてIT先進だと感じてきたバルト三国ですが、Boltはこのエストニアに本社があるそうです。楽しみにしてましたが、移動時間がかかりすぎたため交通機関は割愛。
歩ける範囲でまわりました。今度こそ海が眺められる港町で、中世から重要な貿易港ハンザ同盟の一員として繁栄した雰囲気が感ぜられます。




🇫🇮 ヘルシンキ 〜サウナでお別れ〜
タリンとヘルシンキ間はフェリーで2時間。国と国を繋ぐっフェリーだけあって、Duty Freeのショップがありました。そういえば、乗船する時にビールを箱買いしている方がたくさんいたので、フィンランドはさぞ物価が高いのだろう。。。今回の旅は北に行くほど高かったです。
あまり時間なかったので、ヘルシンキ港にあるAllas Sea Pool でサウナへ。ガラス張りのサウナ室があり、港を眺めながら入るのこともできます。水風呂は、バルト海を引き込んだ海水プールとプールがありました。
が、外も体感3℃程だったので入れませんでした。。
結び
この旅を通して、人生における意味の探求について深く考えさせられました。フランクルの言葉にあるように、「あらゆるものを奪われた人間に残されたたった一つのもの、それは与えられた運命に対して自分の態度を選ぶ自由、自分のあり方を決める自由である。」という考え方を実感しました。 これはどんなに辛い状況であっても、何か他に生きている意味を探し求めていくことにこそ生きる力が生まれるとも考えられます。
また、この「自分の態度を選ぶ自由、あり方を選ぶ自由」という点については、オスカー・シンドラーや杉原千畝の史実にも当てはまるのではないでしょうか。
自分の生きる意味を見出し、それを支えにして生きていく。たとえ今は明確に見出せなくても、探求し続けながら生きていく。苦しみながらも生きていく。
後半は移動が多く、慌ただしかったので、またゆっくり訪れたいと思いました。
AirPods Pro片方だけ充電されなかった
買ってよかったベストのAirPods Pro
ノイズキャンセルが大活躍
年間を通じて買ってよかったものの一つが、AppleのAirPods Proです。電車内やうるさいお店など、様々な場所でノイズキャンセル機能が大活躍。外部の騒音をシャットアウトし、クリアな音楽やポッドキャストを楽しむことができるので、大助かりです。
突然のトラブル
そんな愛用のAirPods Proに突然のトラブルが発生しました。片方だけ充電されなくなり、お昼からバッテリー切れにより使用不可となり非常に悲しい思いをしました。この問題を解決するために、いくつかの対処方法を試してみました。
対処方法
ケースとAirPods Proの再起動
AirPods Proをケースに戻し、ケースの蓋を閉じてしばらく待ちます。その後、蓋を開けて再度接続を確認します。リセット
ケースの背面にあるボタンを15秒ほど押し続けると、ステータスランプが点滅し、リセットされます。ソフトウェアのアップデート確認
iPhoneの「設定」アプリから「一般」→「情報」→「AirPods Pro」と進み、ファームウェアのバージョンを確認します。
これらの方法を試しましたが、残念ながら問題は解決しませんでした。
Apple Storeでの対応
最終的にApple Storeへ持っていき、店員さんによると、ファームウェアのアップデートが片方だけうまくいっていなかったことが原因でした。ファームウェアは充電中に自動的にアップデートされるもので、そのタイミングは不明とのことです。
解決策と今後の対策
保証期間中だったため、端末を無償で交換してもらいました。店員さんからは、保証が切れている場合は有償になるとの説明がありました。ほとんど起きない稀ですと言われたものの、そんな安くはないので気をつけたいところです。そこで、今後の対策として、毎日夜にはスマホと一緒にAirPods Proを充電する習慣をつけることにしました。これでファームウェアのアップデートが確実に行われ、あんな思いをすることがないように祈るばかりです。
これからも愛用し続けたいと思います。







